こんにちは、さるたぬきです。
今日のブログのテーマは「『キングダム』67巻の感想」です。
ようやく桓騎が動き出しましたー!
やっぱ桓騎は頭が回る奴だなと思う。
分けわからん陣を構えて見せるが。
これは実際に動いている兵たちなにか特別な攻撃をさせるものではなく、
どういう陣形か把握できる人間にだけを惑わせる作戦なのだから。
つまり、敵方の李牧だけがこの突拍子もない陣形を把握でき、
把握できるからこそ「なんじゃこりゃ?」と混乱を招いてしまう。
戦いを俯瞰して見れる総大将を混乱に陥れるだけの陣形組。
普通の軍師では思いつかないと思う。
見ている視点・視座が人と違い過ぎる。
まともに戦術を学んで熟知している人間ほど混乱すると思う。
そしてこれはただの時間つぶし。
日が暮れるための時間稼ぎ。
日が暮れて暗くなれば、元野盗上がり集団の桓騎軍の強みを発揮できる。
これってマーケティングに匹敵する考え方だと思う。
自分たちの強みが発揮できる土俵に敵を招き入れる。
それを場所だけでなく、時間帯で考える。
さらに、テストマーケティングも実はやっていた。
変な陣形を組んで、変な動きをして、それに対して敵軍の動きをチェックしていた。
もし突破するならどこが一番突破しやすいかを見定めていた。
これは現代なら恐ろしいマーケッターになれると思う桓騎は。
そして李牧も至って冷静。
逃げきった桓騎を追撃せずに、桓騎軍残党の一掃に切り替える。
こうすれば単純に桓騎軍の兵数は減る。
兵が減れば兵力は単純に落ちる。
戦はやはり数だから。
動揺しないこのあたりの李牧も素晴らしい。
夜になって飛信隊サイドに場面が変わる。
ここで、知る。
あれは伏線だったのかと。
氾善という桓騎の仲間がこの戦いが始まる前にポッと登場したけど、
ストーリー上あまり必要なものでないと思っていた。
登場しなくても、ストーリーを進めることはできたと思っていた。
が、ここで再登場。
「井闌車」を引っ張って再登場。
井闌車をこの宜安での戦いに使うために、先に登場させていたとは。。。
先に登場させておけば本当に必要な時に説明は割愛できるものね。
もし使う時にシリアスなシーンになったらその説明はストーリーの流れを止めてしまうものね。
そこまで計算されているのか、漫画は。
漫画家は大変だ。。。
さらに大変な伏線をここで張り始めていると思う。
なぜなら、砂鬼一家を通して、桓騎の過去編が始まるから。
漫画で過去編が始まるということは、
漫画の現在進行で進んでいる物ごとの「理由」が明かされるから。
過去は、「今」の理由であり「本質」が隠れていることがあるから。
だから今の桓騎がなぜこんな奴なのか、その理由や桓騎の本質が垣間見えるかもって流れになるからだ。
で、桓騎の過去編は宜安城の攻略までお預け。
宜安城は攻略。
ここで田有、竜川、中鉄の巨漢3トリオが瀕死状態に。
これもチョイ伏線。
なぜならそれを砂鬼一家が救うから。
良くも悪くも人間の身体を知り尽くしている砂鬼一家だから成せる術。
そういうことができるようになったのは・・・
そう桓騎のおかげ。
一体桓騎とは?
って流れ。
構成がよくできているなと思う。
では次巻!!
さるたぬき
「すべては今日、このために」は私のオリジナルメッセージです。
私の心の中で「人生理念」として掲げております。
日々の努力や成長がきっと報われる「今日」がくる。そんな思いで毎日を過ごしていきたいと考えています。
他にも意味は込められているのですが・・・それは愛する人へのメッセージです(笑)
ですからここでは恥ずかしいので書きません(笑)
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